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投稿者:矢崎 那央
基本情報
タイトル 君は、風に還る エピローグ ―風に、名もなき道を―
タグ *君は、風に還る
コメント 風が吹いていた。

夜明け前の森は、まだ深く、冷たく、静かだった。
誰の足跡もない獣道の奥。
朝の光が届く前の空気に、一枚の羽がふわりと舞っていた。

その羽は、青緑にきらめき、
森の葉を撫で、地に落ちることなく漂い続けていた。

それを追うように、少女が歩いていた。

黒髪を一つに束ねた少女。
その肘から先は、鮮やかな羽。
その膝下には、細く鋭い鳥の脚。

彼女の名は——飛鳥——

(……会いたい)

心の奥に、まだ消えきらない想いが残っていた。

別れた少年。
優しく微笑んでくれた手。
風のように過ぎた、短く、あたたかな日々。

でも今は、その想いすら——歩くための力になっていた。

(あたしは、知らなきゃいけない)

(どうして、こんな姿なのか。いったい何者なのか)

(……あたしは、人間になれるのか。
それとも——)

「ねぇ、九重……あたしみたいな子、ほかにもいるの?」

森の小道を歩きながら、飛鳥はうつむいて訊いた。

九重と呼ばれた少女——背の高い、巫女装束に狐面の姿。
彼女は一歩、二歩と静かに進み、
面越しにやわらかく答えた。

「……たしかに、似たような子はおるえ」

飛鳥が顔を上げる。

「ほんとに? 羽があったり、クチバシが……」

九重はふっと肩を揺らした。

「ふふ、せやけどな。
似とるゆうても、見た目やのうて……“心”や」

「異形ゆえに傷ついた子。
それでも、自分の生き方を探しとる子——そんな子が、な」

飛鳥は黙ったまま、足元の葉をそっと足先で動かした。

「……会ってみたいな」

「会えるとは限らへん。けどな、風は“出会い”も運ぶさかい」

九重の声は、少しだけ遠くを見つめるような響きだった。

どこへ向かうのかは、まだわからない。
でも、歩くことはできる。
羽はまだ重い。けれど、心はあの頃より、ずっと自由だった。

風が吹く。
新しい出会いの気配を連れて。

その先に待っているもの——

それは——
「死者の眠る寝床の上。死を乗り越えてなお、明るく笑う少女」

それは——
「忘れられた花園。嫋やかに眠る、柔らかく優しい花の精」

それは——
「霧の立つ沈黙の湖。置き去りにされた悲しみを湛えながら、水に宿る魂」

飛鳥の旅が、ここから“ほんとう”に始まる。

それは——
風が、自分の名を見つけるための旅。

そしてそれは——
風が、風に還るための物語。

——第一部・完——
iコード i967530 掲載日 2025年 05月 23日 (金) 18時 50分 04秒
ジャンル イラスト 形式 PNG 画像サイズ 1024×1536
ファイルサイズ 2,551,550 byte

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