タイトル | 君は、風に帰る 第九章 ー風の名前を描くー | ||||
タグ | *君は、風に還る | ||||
コメント | ―はじめて、誰かの視線を受け入れた日― 湖の水面は、朝の光を反射してきらきらと揺れていた。 風は柔らかく、木々の葉がさやさやと鳴る音が、空気の中に溶けていく。 その音の中で、ふたりの少年と少女は、言葉少なに並んでいた。 飛鳥はまだ、少し緊張していた。 自分の羽を——鳥脚を——見られている。 それだけで、心のどこかがきゅっと固まってしまう。 (怖がってない……ほんとに……?) ちらりと視線を向ければ、隣の少年はスケッチブックに何かを描いていた。 じっと紙を見つめ、鉛筆を動かすその様子に、敵意はまったくない。 だけど、それでも。 (あたし、きっと……変だよね。気味悪く見えるよね……) 飛鳥は膝を抱えるようにして座り、翼を体に寄せた。 自分の羽が大きく広がらないように、そっと呼吸を小さくする。 ティロはそんな彼女の様子に気づいていた。 けれど、何も言わず、鉛筆の先で紙をなぞるだけだった。 やがて、風がそっと舞い、飛鳥の前髪を揺らす。 彼女は、無意識に片方の翼を持ち上げ、 その羽根の先を自分のもう片方の翼にそっと重ねた。 くちばしの代わりに、器用に羽根の先で風切羽を整える。 それは彼女にとって、ごく自然な仕草。 でも、人間なら絶対にしない、異質な動き。 「……それ、いつもやってるの?」 ふいに、声がした。 飛鳥はびくっと肩を震わせた。 顔を上げると、ティロがこちらを見ていた。 その目に驚きや拒絶はなく、ただ純粋な興味があった。 「……羽根、整えてるの? 鳥みたいに」 飛鳥はしばらく黙ったまま、目を逸らした。 「……うん。……たぶん、そう……」 「なんか……きれいだなって思った」 「……え?」 その言葉は、まっすぐ過ぎて。 まるで風が、心にすっと差し込んできたようだった。 飛鳥は何も答えられず、視線を落としたまま小さく呟いた。 「……あたし、自分の姿……好きじゃないから」 「……」 ティロは何も言わなかった。 ただ、その言葉を受け取って、紙の上でまた鉛筆を動かし始めた。 沈黙は続いた。 けれど、それはどこかやわらかい沈黙だった。 湖の上を、鳥が一羽、風に乗って飛び去っていく。 飛鳥はそれを目で追いながら、小さく囁いた。 「……もし、あたしも……あんなふうに飛べたら、どこに行けるかな……」 その呟きに、隣の少年が応える。 「……どこに行きたい?」 飛鳥は、少し考えて、でも答えられなかった。 「……分かんない。まだ、思い出せないの。どこかに行きたい気はするけど……それがどこかは、まだ分からない」 ティロは、ふっと微笑んで言った。 「……じゃあ、見つかったら教えてよ」 飛鳥は驚いたように彼を見た。 その笑顔は、やっぱりどこかまっすぐで、 でも優しくて、強く押しつけることのない光だった。 (……この子、ほんとに変な子……) でも、不思議とその“変さ”が、少しだけ嬉しいと思った。 風がまた、ふたりの間をすり抜けていく。 羽根の先が、そっと揺れた。 つづく |
||||
iコード | i965081 | 掲載日 | 2025年 05月 16日 (金) 22時 35分 03秒 | ||
ジャンル | イラスト | 形式 | PNG | 画像サイズ | 1024×1024 |
ファイルサイズ | 2,248,365 byte |
◆この画像のURL | |
◆この画像のトラックバックURL |